春と秋
三人は同じ年に渡米して、偶然にも此の學校へ來合せたので、初めて顏を見合せた時には互に眼を見張つて
彼は其の當時、世間の風潮につれて、大學と改稱した或る法律學校を卒業したものゝ、思はしい職業を得る事が出來ない處から、相當の資產ある家に生れた身を幸に米国へ渡つたのである。嘗て土曜日の晚と云へば必ビヤホールや牛肉屋の二階で女中に戲れた事やら、寄席へ出る女藝人の批評に口角泡を飛ばした事、向島の運動會の歸りに初めて吉原へ繰込んだ時の事、牛込の忘年會から初めて待合へ泊つた時の事、それから、自分の爲めに開かれた送別会の大騷ぎ………。遂に飜つて現在の有樣に思到れば、來た當座こそ學校の敎場、學生の會合、往來の樣子から、街端れの
「お掛けなさい。如何です、英語はなか〳〵困難ですな。」
俊哉は無造作に、「何か面白い事は無いかね。」
「今夜演說があります。」山田は相手の質問に對して最も適當な返答であると信じてゐるらしく卽座にかう答へて、
「流石クリスト敎の國だけに好い牧師の演說が聞けるのが、私には何よりの樂みです。今夜は市俄古のB――と云ふ長老が、下町の敎會で說敎するさうですから、あなたも是非如何です。アメリカでも有名な牧師です。」
俊哉には宗敎上の事は少しも趣味がないので、
「然し僕には分りますまいから………殊に神學上の演說は………。」
「そんな事はありません。」と山田は稍熱心な調子になり、足の短い割に、ヅングリした胴の長い半身を前に出して、「今夜のは別に宗敎上の演說と云ふ譯では無い。禁酒と禁烟について何か話されるのださうですから、誰れが聞いても分ります。學校の生徒逹も皆な出掛けるやうです………。」
「生徒も皆な………竹里さんも行きますかね。」俊哉は返事に窮して意味もなく問うたのである。
「竹里さん………行かれるに違ひありません。女の生徒逹も無論出掛けるのですから。」
「男の生徒が各自に一人々々女の生徒を誘つて行くのでせう。米國流にあなたも一ツ、竹里さんを誘つて、腕を組んで出掛けちや如何です。はゝゝゝは。」
「然し、どうも私には………。」山田は切口上で、少しく顏さへ赧めたが、俊哉は
山田は傍らから、猶も頻と講演を聞きに行くことを勸める。講演を聞く聞かないは兎も角、只會堂へ這入つて、
どうせ行くものならば是非にも菊枝を誘つて見ねばならぬ―――俊哉はいよ〳〵其の日の夕暮男女の學生が兩方の寄宿舎から晚餐の食堂に集まる時、菊枝の來るのを靜に呼止めて、
「あなた、今夜下町の敎會へお出になりますか。」と訊くと菊枝は唯、
「はい、參ります。」
「いらつしやるんですか。私も行くつもりですから、それぢやお誘ひします。別に御迷惑な事はありますまい。」
菊枝は案の定返答に窮したらしく、もぢ〳〵して俯向いて了ふ。
「學校の生徒も皆誘ひ合つて行くさうですから、日本人は日本人同士で出掛けて見たいのです。山田さんにも其の話をしたら大に賛成だと云ふ事なんですから、ね、竹里さん、どうせいらつしやるなら、別に御迷惑ぢやありますまい。」
全く別に迷惑と云ふ程の事ではない。唯菊枝は男女の交際を禁止されて居る日本の習慣上意味もなく安からぬ氣がするだけなので、到頭其の夜の八時を約束に迎ひに來る俊哉に誘はれて寄宿舎を出る事になつた。
敎會までは三十分ばかりの道のり、冷かな十月半の夜は
「御覽なさい。竹里さん。皆あの通り愉快にそろつて行くぢやありませんか。」
やがて敎會に這入つた。神學生の山田は先に來て居たので、三人は後側の腰掛を占め、高い天井の模樣、奧深い階段の上のパイプオルガン、隅々の窓の繪硝子なぞを見廻して居る中に、間もなくフロツクコートを着た此の敎會の牧師と鼻の先へ眼鏡をかけた大きな禿頭の白い髯のある長老が現れて、牧師が聽衆に向つて當夜の演題を紹介すると、老人は直樣、Ladies and gentlemen と呼びかけて講演を始めた。
俊哉は近くの席に坐つて居る若い女の容貌の
二時間ばかりで演說は終つた。俊哉は來た時のやうに菊枝の手を取り、山田も共に打連れて、各その部屋に立戾つたが、寝床へ這入つてからも俊哉は何やら取り止めのない空想に耽つた。彼はいつか菊枝と面白い
俊哉は全く決心したのである。すると直に成功するかどうか知らと云ふ疑問が起つて來る。彼は此の疑問を更に二分して見て、全然成功は不可能であるか、或は單に容易でないと云ふに過ぎないか。俊哉は過去の經驗から第一の疑問は否定する事が出來たが、第二に移り成功は容易でないとすると、如何なる程度を意味するのであらう。意味が廣いだけに彼は大に此の返答には窮して了つた。で、まづ理論を離れ、自分の知つて居る實例の方面から解釋するに如くは無いと思立ち、日本に居た時分
何でも磁石力の理論から說き起して、或る男が久しい間或女を思込んで居たが、どうも迫つて見る機會がない。一夜圖らずも戀の成立つた夢を見たので、男は驚き目覺めたが、如何にしても思に堪へやらず、折好くも出合はせた女の姿を見るや、前後の思慮もなく、矢庭に駈寄つて物も云はずに、女の手を握り締めると、不思議や女は久しい以前から已にその男の
* * * *
秋も早や行かうとする。俊哉が初めて此の地へ來た夏の盛の頃には、高い楓の並樹が靑々とした大きな廣い葉で、靜な學校の門前の往來をば左右から蔽ひ冠せて居たが、今は朝夕の冷かな霧に見る見る黃葉して、いさゝかの風にもばさり〳〵と重さうに散りかける。寄宿舎の高い窓から裏手の田舎を見渡すと、
俊哉は每週土曜日と日曜日には必ず菊枝を誘ひ出して、自然の美を愛し田園の風趣を味はうと云ふので、なりたけ人の見えない靜な野邊を選んで步くのであつたが、菊枝も今は慣れるに從つて親しくアメリカの男女間に行はれる交際を見ると、全く日本の習慣とは違つて、案外健全で神聖である事が分るので、俊哉に手を引かれる事をば最初ほどには恐れぬやうになつた。
十一月の第二日曜の頃、俊哉は例の如く、牧場の端れへ菊枝を誘ひ出し、かすかな音して流れる小川のほとりの柔かな野草の上に腰を下した。
此國ではインデアン、サンマーといふ通り、空は限りなく晴渡り、午後の日光は眩く輝渡つて居たけれど、
菊枝は餘念もなく此の長閑な風景を眺めやる中、突然何處からともなく、からん〳〵と靜な鈴の音が聞え出してつい四五間先の茂つた草の間から、一頭の大きな牝牛がその頸につけた鈴を振り動しながら、のそ〳〵步み出した。
菊枝は日本の女性の常とて、喫驚して我を忘れ俊哉の方に寄添ふ。俊哉は早くもこの機に乗じて菊枝の手を取つたが、然しさあらぬ調子で、
「大丈夫ですよ。此の近所の農家の乳牛でせう。馴れて居ますから大丈夫ですよ。」
牝牛は柔和な眼で二人の方を眺めたが、何か思出したと云ふ風で、再び頸にぶらさげた鈴をばからん〳〵と音させながら、元來た方へ立去つて軈て又ごろりと
菊枝は始めて安堵したらしく息をついたが、自分の手が堅くも男に握締められて居るのに氣が付き以前よりも更に驚いた。手をば振拂ふ勇氣もなく顏を眞赤にして俯向きつゝ息をはずます。
俊哉も今は胸の騷ぎを押へ得ない。何と云はう。何と云つて百
彼は火のやうな女の耳に口を寄せ、日本語によらずして英語で囁いた。すると菊枝は聲をも立て得ず、極度の
俊哉は流石途法に暮れた體。然し其の握つた手は猶も放さずに、「菊枝さん〳〵。如何したのです。」と
菊枝は其の場に俯伏して猶身を顫はして忍泣くのである。
以前の牝牛が又步み始めたのであらう。寂とした牧場の草の間で鈴の音が聞え始めた。
* * * *
最初の失敗には懲りず、俊哉は如何かしてもう一度菊枝を靜な野に誘ひ出したいと、一心にその機會を求めたが、以後菊枝は俊哉の姿さへ見れば直樣それとなく逃げて了ふ。
次の日曜日は空しく過ぎその次の日曜日は待つかひもなく雨であつた。
十一月の末一度空が曇つて雨になればもう郊外に出づべき秋は全く去り、一日〳〵と
俊哉の望も共に埋め去られて了つた。然し一度燃えた若い胸の火は每日氷點以下の寒氣―――北方の
遂に書くべき文句の盡きた時には書棚の上に載せてある詩集の中の一篇をその儘寫し取つて送つた事もある。然し何の返事も無い。俊哉は何通手紙を書いたか、自分ながらも覺えが無いやうになつた。餘りの事と遂に彼は
俊哉は遂に窮して元氣を失つた。馬鹿らしいと笑つた。そして忘れたやうに手紙を書く事をよして了つた。する中或朝ふツと空が靑々と晴れ渡り、日光が微笑み、南の風が吹いて、岩よりも堅く凍つて居た雪が解け始めた。
冬が過ぎて春が來たのである。
牧場には去年のまゝに野草が靑々と茂出す。小山を昇る果樹園には林檎や桃の花が咲き亂れ若芽の輝く
若い男は若い女の手を引いて再び野の花を摘みに行くでは無いか。然し俊哉はもう菊枝の此の世にある事も忘れたかのやう。
或日の夕暮、例の如く食後の散步から歸つて來た時、彼は机の上に置いてある一通の手紙を見て不審さうに其の封を切つた。
「やツ、菊枝さんの手紙だ。」
彼は遠い〳〵昔の事でも思返す樣に腕組をして、さて其の手紙を讀むと、菊枝は去年から何通とも知れぬ男の手紙に對して返事をしなかつた詫言を繰返した後、重り重る男の手紙男の熱情を思返すと、彼女は最早や自分を制する事が出來なくなつた、愛の力は何物よりも强い。今は只御身の腕に我身を投げやうとの意味を長々と書いたのである。
俊哉は時ならぬ頃に此の豫想外の返事を得たので、暫くは呆返つて、夢ではないかと思つた。二度三度女の手紙を讀み返した後早速返書を送つた。
彼は翌日の午後去年の秋の末に二人腰を下した牧場の小川の畔に、再び菊枝の手を取つた。
その翌日、又その翌日、俊哉は每日の午後には必菊枝と共に村の小道や小山の果樹園、又は學校から程遠からぬ墓地などを步いた。森の中で日が暮れ、栗鼠が
二年の月日は過ぎ後一年で卒業すべき前の年の夏、俊哉は暑中休暇の間紐育ボストンあたりを旅行するとて學校を去つたが、それなり秋の開校期になつても歸つて來なかつた。
只一通の手紙をば菊枝の許に―――小生都合
* * * *
一年又一年。
俊哉は歸國して後、或會社の有望なる社員になつて居たが、或時新橋の停車場で偶然在米當初の學友山田太郞と云ふ神學者に出遇つた。
山田は牧師となり菊枝を妻にして居ると云つた。菊枝は俊哉に見捨てられたと云ふよりは一時の慰み者にされた事を知つた當時は全く狂氣となり、冬の或夜―――ミシガン州の怖しい雪嵐の夜に森の中に彷徨つて自殺しやうとしたのを、圖らず山田に助けられ事の始末を懺悔した。山田は惡魔の
彼は學位を得てから菊枝と共に歸朝した後、二人の屬して居る或
「大山さん。私は今日では決してあなたの罪を咎めは致しません。菊枝さんは神の惠と私の力で昔の罪から救はれ、以前の通りの溫良な婦人となり、善良な妻となりました。ですからあなたも
俊哉はその後會社などで若い者供の間に、クリスト敎は好いとか惡いとか云ふ議論が出ると必ず恁う云ふ。「兎に角クリスト敎は決して世に害を爲すものでない事だけは明瞭だ―――。」
そして彼は常に
(明治卅九年五月)